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東京高等裁判所 昭和27年(う)4283号 判決 1954年1月21日

控訴人 被告人 近藤政明

弁護人 奥田三之助

検察官 八木新治

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中鑑定人高橋角次郎及び同千谷七郎に支給した分を除きその余は全部被告人と原審相被告人細田平次との連帯負担とし、当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人奥田三之助作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるからこれをここに引用し、これに対し当裁判所は判断する。

次に職権をもつて原判決が被告人の関東配電株式会社の承諾を得ないで判示のように電気工作物の施設を変更した事実を認定し、これに昭和二十七年四月十一日法律第八十一号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する法律(以下法律第八十一号と略称する。)昭和二十五年十一月二十四日政令第三百四十三号公益事業令(以下新令と略称する。)附則第二項及び第二十一項電気事業法(以下旧法と略称する。)第三十八条等を適用した点について按ずるに、当裁判所は、右認定事実について原判決後いわゆる刑の廃止があつたものであつて刑事訴訟法第三百八十三条第二号に該当する事由が存するものと認めるので以下その理由を説述する。まず新令附則第二項は旧法を廃止したのであるが、新令第九十二条と旧法第三十八条とを比較すると、両者は全く同一の構成要件該当の所為即ち電気事業者の承諾を得ないで電気工作物の施設を変更した所為を処罰せんとしているのであつて唯新令が旧法よりその刑を重く変更しているにすぎないから、行為が旧法時である犯罪を新令時において裁判する際には刑法第六条の適用により当然旧法を適用すべきであつて敢えて明文を俟たないものである。然るに新令附則第二十一項は「この政令の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による」と規定しているが、これは少くとも前記罰条に関する限り右当然の事理を念のため規定したものと解すべきものである。而して「日本国との平和条約」が昭和二十七年四月二十八日効力を発生するに先き立つて制定公布された法律第八十一号によつてポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二十年勅令第五百四十二号。以下単に勅令第五百四十二号と略称する。)を廃止するとともに右勅令に基く命令は別に法律で廃止又は存続に関する措置がなされない場合においては、この法律施行の日(前記四月二十八日)から起算して百八十日間(十月二十四日まで)に限り法律としての効力を有するものとすることと規定されたので新令はそのうちに右勅令に基く命令の一として当然に位置する関係上その後何らの法律上の措置がなされなかつたために、前記期間の満了とともに昭和二十七年十月二十五日から効力を失うに至つたのである。従つて原判決当時は未だ新令は効力を存していたから原審としてはこれに基き前述の如き法律の適用をなしたことも極めて当然の事柄であつたのであるが、右新令の失効した現在においては右失効はいわゆる刑の廃止であつて新令附則第二十一項旧法第三十八条の罰条の適用は、刑法第六条の趣旨に従いこれをなし得ざる筋合であり本件はまさしく刑事訴訟法第三百八十三条第二号に該当する場合であると認めざるを得ない。尤も新令失効前の新令第九十二条違反者(本件に則していえば、なお旧法第三十八条違反者も同様に考えて差支ない。以下同様)に対しては、新令はその失効後においてもその罰則を遡及して適用処断することのできる性格を有するいわゆる限時法に属するから、現在においても新令の罰則の適用を妨げないとの見解も存するからこの点を一応検討する。而して限時法を如何に定義すべきかについては学説上一致した見解がないのであるけれども、まず第一に当該処罰法規がその失効前あらかじめその有効期間を明らかに定め、その期間経過後においてもなおその有効期間中の犯罪行為に対しても当該処罰法規を適用する旨を明記しているような例えば重要産業統制法(昭和六年法律第四十号)に見られる場合がその典型的な最狭義なものであろう、然しながら本件新令がこの種の明文を有しないこと法文自体によつて明白である。次にその処罰法規が一時的な平常と異なつた事態に対処するため制定されたものであつてその後の事情の変更によりかかる一時的又は異常な事情の消滅又は変更等の事由によつてその処罰法規が失効した場合をいう甚だ広い意味の見解が存する。ところで本件新令第九十二条(従つて又旧法第三十八条の適用に関しても同一に考えて差支えない。)に関して、新令が制定される機縁については占領軍当局の示唆に基いたものであり、且つ、その立法の形式においても勅令第五百四十二号に基くいわゆるポツダム命令といわれる一群の法令のうちに列するから、その外観においては恰も占領下における一時的な特殊事態に対処する処罰法規であるものの如くであるけれども、新令第一条に掲げるその目的、従前の旧法及び瓦斯事業法をその附則第二項において廃止してこれにかわるものとして制定された点、竝びに後述するように占領が終了してわが国が主権を恢復し平常時に復帰しても新令を廃止することなく引き続き存続させる部類に入れるように企図されていた点特に新令第九十二条旧法第三十八条が同一構成要件の犯罪を規定していること等にかんがみるときは、その実質は決して前述したような特殊事態に対処する処罰法規とは考えられない。更に当該処罰法規自体においてその有効期間を予定しておりその期間の経過によつてその法規は失効したが、その違反を処罰する法律的な見解には何らの変更なく、たとえ明文がなくとも失効後なお刑法第六条の適用を排除して従前の違反者を処罰することが社会通念において当然視されるような場合を意味する見解がある。なるほど法律第八十一号は前記のように「日本国との平和条約」発効の日から百八十日の期限を一応定めてはいるが、この法律の制定の事情及びその後の新令の改廃措置の経過について考察してみると、連合国による占領が終了し従つて前記平和条約の発効の日が近ずくにつれ勅令第五百四十二号の存在根拠がなくなり一連のいわゆるポツダム命令を新事態に即応するように改廃する必要が生じて来たのであるが、その数も多く事情も相異なるので個別的に検討してそれぞれ各所轄省別にその立法措置を講ずることとなつたところ、各その時期において一致しない関係その他の事情によつて一応の一般的な暫定措置として法律第八十一号において勅令第五百四十二号を廃止するとともに別に法律で廃止又は存続に関する措置がなされないときは平和条約発効の日から百八十日を限り法律としての効力を有する旨を規定したのであつて当然新令もこれに従う訳であるが、その期間をおいた趣旨は、右日時の経過によつて自然に新令の効力を消滅せしめることを予め定めたものではなく、その期間内にそれぞれこれを廃止するか存続させるか等の措置を講ずるための不確定な準備のためのものであることを窺い知ることができる。これを裏書する事情として政府は、第十三国会に新令の効力を存続させるために「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く公益事業委員会関係諸命令の措置に関する法律案」を提出したのであるが、右国会において審査未了となり次の国会に継続審査することとなつた。ところが第十四国会は、開会直後解散となり、そのために立法上如何なる措置をも講じないまま前記期限を見送るの止むなきに立ち至り遂に新令は昭和二十七年十月二十五日から効力を失うに至つた。そこで政府は第十五国会成立を俟つて取り敢えずこれに関する立法措置を了し電気及びガスに関する臨時措置に関する法律(昭和二十七年十二月二十七日法律第三百四十一号)が成立し新しい法律が制定施行されるまでの間同年十月二十四日に効力を有していた新令(罰則を含む)等に従うことになつたことが明らかである。然るが故に右法律第八十一号所定の百八十日の期間は前に述べたような意味において予め本件新令罰条の有効期間を予定したものであるとは到底解されないのみならず、却つてこれらの事情は、少くとも前記罰条が決して右の各意味におけるいわゆる限時法的性格のものでなく、通常の一般処罰法規と同様に刑法第六条の原則に従うものであることを証するものである。而して右失効後前記法律第三百四十一号制定公布に至るまでの法的空白期間は全く前記のような予期しなかつた解散という出来事のために生じたものであつて、以上述べたところによつて右法律自体がこの空白状態の発生を予想して失効後における新令有効期間中の本件罰条違反者処罰を予期していたとも又違反者がこれを予想して犯罪を犯す危険があつたとも考えられないのみならず、更にかくの如き意外の失態の結果生じた事柄について刑罰法規の一般原則である刑法第六条の適用を排除して遡及効力を認めることがはたして社会一般の通念乃至は条理であろうか。なお新しい法律第三百四十一号が同一の処罰規定を有することは旧法新令と共にその罰則がいわゆる限時法的性格のものでない証拠にこそなれ、これあるの故をもつて処罰法規廃止後においてその廃止前における違反者処罰の必要あることの理由に援用することは解散という意外な出来事に基いて生じた思わざる不体裁な法的空白状態の責任を刑法第六条の精神に従つてその処罰を免かれ得べき前記法条違反者に転嫁せんとするものであつて採るを得ないものである。これを要するに前記法条に関する限りこれをその廃止後において違反者に遡及して適用しうるいわゆる限時法と解することは到底許されない次第である。従つて前記の如く本件は、電気事業法違反の点に関する限り原判決後刑の廃止ありたる場合に該当するから刑事訴訟法第三百八十三条第二号の事由が存し、原判決は破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

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